![ホンダ車部品事業アーカイブ 20081011145559_1[1][1] (4).jpg](/img/uploads/9/20081011145559_1[1][1] (4).jpg)
研進・進和学園におけるホンダ車部品授産事業の歩みを写真アルバムで辿ります。


1958年(昭和33年)6月、出縄意太郎の遺産をもとに自宅を開放して障害児40名の施設として社会福祉法人進和学園が開園しました。
写真左:開園式で挨拶する出縄明園長(前理事長)
写真中:開園当時の進和学園
写真右:出縄光貴(研進 創設者)、出縄明前理事長の実兄で、当時、本田技研工業(株)浜松製
作所に勤務。
(児童の成長に伴い、16年後、進和学園において障害者自立支援を目的に、ホンダ車部品の授産事業がスタートするとは、当時は誰も予想出来ませんでした)

写真左:開園直後の進和学園児童部の建物
写真中:ホンダ浜松製作所勤務時代の出縄光貴(後列中央)
写真右:同上(中央)


| 出縄 光貴 経歴 |
| 大正12年、神奈川県平塚市生まれ。東京商大(一橋大)卒。 旭硝子他を経て、昭和29年(31歳)本田技研工業(株)入社。資材・経理畑を歩み、昭和42年(44歳)同社を退職。進和学園と本田技研工業(株)との掛け橋となり、昭和49年(51歳)、(株)研進を創設しホンダ車部品授産事業の道を拓く。 経理の専門家で、経済合理主義者の反面、情にもろく人一倍の寂しがり屋。組織より個人を重んじ、権威主義的な権力を最も嫌った。進和学園利用者ご本人との触れ合いに生き甲斐を求めた。 「進んで名を求めず、退いて罪を避けず」(孫子)を範とし、進和学園窓口会社:研進の運営に当たる。 平成16年8月永眠。享年81歳。「死者は生者を煩わすべからず」「お経、戒名無用」との遺志から自宅にて家族葬。分骨し学園の仲間と共に「メモリアルしんわ」に眠る。 |



1974年(昭和49年)7月、株式会社研進設立。
本田技研工業株式会社様のご支持を得て、部品組立加工授産事業の準備が進みました。
「進和職業センター」開設1か月前より、ホンダ浜松製作所のプロジェクトチームの皆様が、泊まり込みで技術・安全面について親身かつ徹底した指導をして下さいました。
同年9月、念願の「進和職業センター」が稼働しました。
写真左:「進和職業センター」竣工感謝式
写真中:「進和職業センター」全景(左が工場、右が生活棟)
写真右:「進和職業センター」工場棟

ホンダ浜松製作所様より、インジェクションマシンやプレスマシン等の大型機械類の無償貸与を受ける等、授産施設の常識を超える作業環境が整備されました。

ホンダ様とお揃いの白色の作業着は、当時の窮状にあって、本田技研工業様からご寄贈頂いたものです。この伝統あるユニフォームに身を包み働けることは、私達の喜びであり誇りです。
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本田技研工業(株)創立50周年記念 協力会社紹介文より~1998年4月10日 ~ |
| (株)研進:昭和49年、社会福祉法人進和学園の当時学園理事であった(株)SONY会長の井深大氏が積極的に開設を支持し、又本田宗一郎最高顧問(当時)にも強力に支持して頂き、入園者に「働く喜び、社会に役立つ喜び」を体験してもらおうとHONDA製品の部品加工(主にASSY作業)を行ってきている。 |

ホンダ・トップの方々からも、直々に温かいご支援・激励を賜りました。
写真左:本田技研工業元副社長(当時専務)の西田通弘様ご来訪(1974年11月)
写真中:本田技研工業浜松製作所長(当時)の服部孝幸様ご来訪(同上)
西田様、服部様をはじめ、ホンダOBの皆様には、授産事業開始当時から今に至るまで、変わらぬご厚情を賜っています。


ホンダ車部品の組立加工作業を通じて「働くよろこび」「役立つよろこび」を皆で分かち合って来ました。
研進では、創業当初から知的障害者の方々を募り、直接雇用による就労の場を提供することにも努めました。一時は、10名以上の知的障害をお持ちの方々が、研進の社員として働いていました。蓄積した経験やノウハウは、現在「しんわルネッサンス」のA型(雇用型)事業に引き継がれています。


(株)研進は、授産事業の営業窓口会社として「福祉」の中に企業的な運営手法を導入することを目指して来ました。元ホンダマンであった出縄光貴をはじめ、研進の社員はその殆どが企業出身です。
進和学園と研進による、其々の専門性を活かした「分業」と「協業」のスタイルが、事業運営の特徴となっています。

![「しんわルネッサンス」工場内 20081011145559_1[1].jpg](http://www.kenshin-c.co.jp/img/uploads/9/20081011145559_1[1].jpg)
2006年3月、作業環境の再整備と生産性及び品質の向上並びに障害者の自立支援サービスの新たな展開を目指して、「しんわルネッサンス」が稼働しました。「雇用型」「非雇用型」事業の併設により利用者各人の能力・ニーズに対応した高付加価値就労の機会創出に尽力しています。



ホンダ様のご支援ご指導の下、品質保証と工程管理の向上に取り組み、2007年、知的障害部門の福祉工場として日本初となるISO9001認証を取得しました。
写真左:ホンダ埼玉の皆様によるISO9001認証取得に向けた直前ご指導(2007年2月)
写真右:ホンダ様及び部品メーカー様との部品組立検証会(2007年11月)


本田技研工業の皆様との交流は、品質保証や工程管理等の業務面に止まらず、色々な局面に及んでおり、私達にとって大きな励みとなっています。
写真上:本田技研工業浜松製作所様見学会(1995年11月)

研進の創設者である故 出縄光貴が元ホンダマンであったご縁もあり、本田技研工業OBの皆様との交流も脈々と続いています。
写真:クリスマスのご慰問に来訪された服部孝幸様、磯部誠治様、馬渕亮三様、小田喜代様、竹島
加殊子様とご一緒に(2003年12月 進和職業センター)
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西田通弘様(ホンダ元副社長)のご指導
本田技研工業・元副社長の西田通弘様には、研進の創業当初よりお世話になっています。現在も、進和学園の顧問をお引き受け頂き、大所高所からご指導を賜っています。
写真左:西田通弘様と共に/進和学園創立50周年記念「本人のつどい」(2008年5月)
写真中: 同上 /サロンドクレール展(銀座・伊東屋 2009年6月)
写真右: 同上 /心のかたち陶芸展(2011年10月)
■進和学園のイベント ~ ホンダの皆様をお迎えして ~

1975年(昭和50年)より、地域の方々とホンダの皆様をご招待し、「夏祭り」を開催。1990年(平成2年)からは、市民センターで「本人のつどい」に発展し、毎回、ホンダ様にもご臨席頂きました。現在は、6月の「あじさい祭り」にホンダ埼玉製作所の皆様にお越し頂き、親しく交流を図っています。
写真左:第9回夏祭り(1983年7月/進和職業センター)
写真中:本人のつどい(2005年3月/平塚市民センター)
写真右:あじさい祭り(2007年6月/サンメッセしんわ)





33年間、本田技研浜松製作所様より無償貸与頂いた大型機械類の撤去に伴う「感謝式」
(2007年8月28日/進和職業センター)





